光景ワレズ

KOUKEI-Warez photography

虚言

MINOLTA CLE / Elmar 5cm F3.5 (FP4 PLUS)

インド旅行記(05)

経験値稼ぎがてら、ちょっと欲を出して街から遠くに離れすぎたりダンジョンの深い階層に潜り込みすぎたりしたところで、急に強い敵が出てきてやられてしまう、というのはRPGの世界でもよくある話だ。 デリーの街を歩き、そろそろ引き際かな、と思い宿の方向に向かい始めたところで、例によって男が声をかけてきた。どうせいざとなったら安全な場所に戻れる状況だし、無視するばかりではなく相対してみようと思い、ぼくはその声がけに応じてみた。 「ハロー、ジャパーニ何をしているんだ」 「歩いているんだ」 「どこに行くんだ」 「宿に戻ろうと思っている」 「インドは初めてか」 「いや、もう3~4回は来たことがある。インドは大好きだ」 「観光はするのか」 「いや、今日はもうすぐアーグラーへ移動する」 「そうか、この先にコンノートプレイスがあるが、行くのか」 「いや、行かない」 「そうか、もし行くならDTTDC(政府公認の観光局らしい)で地図がタダで貰えるぞ」 「ありがとう、でも必要ない」 「DTTDC以外はインチキだ。信用してはならない」 「知っている。でもありがとう」 「ところでチャイでも飲まないか」 「ああ、いいよ」 「君は学生か」 「社会人だ。今は夏休みでインドを訪れている」 「どういう仕事だ」 「ITだ」 「私もエンジニアだ。今は私も夏休みでデリーに来ている」 「そうか。ぼくの夏休みは1週間しか無いので忙しいのだ」 「それは大変だな。ところで君は何歳なんだ」 「何歳に見える」 「20、か」 「30だ」 「本当か。まったく見えない。年下かと思った」 「そろそろ移動しないといけないのでホテルに帰ろうと思う。チャイ代を奢ろう」 「いいよ、私が出す」 「いや、問題ない。ぼくが出そう。その代わり君はハンサムだから写真を撮らせてくれ」 「じゃあ頼むよ。ちょっとまて髪を直す。じゃあいいぞ」 「撮るよ。よし撮れた。ただしこのカメラは古いので見せることはできない」 「残念だ。ありがとう。また会おう」 「ああ、また会おう」

さて、彼はどれだけ嘘をついていたか。たまたまチャイを飲みながら雑談しただけとなったが、流れと状況によっては高額なツアーを組ませる類の輩であることは(帰ってきた今思えば)ほぼ疑いようがない。 そして、ぼくはどれだけ嘘をついたか。 インド人は嘘をつくと散々言い張るぼくを含めた日本人であるが、さてぼくらは真実しか述べていないのだろうか。相手がインド人だからもう移動するとか嘘をつくのはやむを得ないのか。旨くもない飯を旨いと言ったり、あきらかにそうではないのにカワイーカワイーと褒めあったり、手を合わせてすらいないくせにご冥福をお祈りしますと言ってみたり、大手小町で相談の趣旨に何ら関係ないのに高学歴やら高収入やら海外在住やらをアピールしてみたりとか、そんなどうしようもない嘘こそ日本人の得意技ではないか。よく、旅行記やガイドなどを見ているとインド人は(極端な言い方をすれば)嘘しか言わない、などと評されたりしているが、よくよく考えたら日本人は、というか少なくともぼくは、嘘をついている自覚すらなく嘘をつくこともあるではないか。方便だって嘘は嘘だ。インド人は何かを尋ねられたとき、「わからない」というのが厭でたとえ正しくなくともその場を取り繕う、と聞いた。たぶんこれはそのとおりだとぼくは感じているのだが、ぼくだって大して旨くもないものを旨いと言ったりすることもある。

そんなわけで、君がインド人基準でハンサムかどうかはぼくにはよくわからんのだよ。ごめんね。